「なんとなく」の感覚を研ぎ澄ますこと

2018年06月28日

1年以上前だったかと思いますが、東京大学の研究チームが赤ちゃん研究の進捗を発表する機会があり、無料公開していたので伺いました。

その一部に、

「見て、犬。」というのと、「見てごらん、あれが犬だよ。」(実験は英語ですが)と二通りの声のかけ方を赤ちゃんに実施した場合、後者の方が言葉に対して大きく反応した。と。大きく反応するという事は、言葉に興味を持ちやすい、即ち言葉理解が進みやすいということでした。

別の研究発表では、

「危ない」という言葉を使って赤ちゃんの目を見た時と、「危ない」と言って危険個所を見ている場合とでは、また、表情を用いている場合とそうでない場合とでは、どこの場所をどれ程、危険と見たら良いか赤ちゃんが認知し易い。

というもの。

その他にも何故、あかちゃんはハイハイからつかまり立ちをして、その後歩行を始めるのか、といった様な研究報告もありました。

上記を見て感じたのは、親であれば、或いは親になり得る人なら誰しもなんとなく「そうでしょうね。」と納得できるものであること。

私たちは子ども達を目の前にした時になんとなく、これが良いだろうと感じるものがあるのですが、人の話しの側面や、手軽な情報を安易に信じ込んでしまい、直感で「なんとなく良い」感覚が疎かになってしまう節があるのではないか、と感じてしまうのです。

どうか、大人が持つ「なんとなく」の感覚を信じて良いことも、良くないことも素直に子ども達へ伝えていければ良いのだと思います。