物との対話・人との対話~日本らしい対話の対象とは~

2018年07月03日

Reggio Emilia アプローチも例外なく、ずばり時代の変化とともにその方針や手段を変えていく必要があると考えられております。

コンピューターが世間一般に普及すればそれを避けて通ることなどできませんから、早々から幼稚園にもコンピューターとフォトショップを導入していました。

人や素材との対話と同じレベルでコンピューターとも対話をしたというドキュメンテーションが残されております。

さて、これらの「対話」は私も好きでよく子ども達が熱心にしているのを見るのですが、日本には更に時間と対話することが出来るのではないかと考えました。

古来から日本は、時間や季節の移ろいに対し敏感に反応し、その感性を大切にしてきたように思えます。

日本庭園は四季や時間による変化と、年単位で変化する庭の景観が入念に計算され、造られいるらしいのです。

雪見障子も、雪を眺める時間に意義が見出されなければ生まれない建具だったでしょう。

鹿威しは、そのリズムや強弱が特徴で、リズムのあいだに聞こえる葉の風に揺らぐ音や、虫の声などにも耳を傾けるきっかけを創り出していると考えられます。

鹿威しの計算された「間」もそうですが、そのあいだに聞こえる自然の音を傾聴することも、その時間に意義があると感じたのでしょう。

これは日本独特の感性の1つと言っても良いと思います。

また、この日本の美意識の中にはそれ単体ではなく、様々な美意識が複雑に折り重なっていると感じます。

日本の子ども達にはぜひ、時間との対話を通してどんな美意識或いは、それとは違うものを感じ、次世代へと繋いでほしいと思います。