表現活動の理解と、それを認める必要性

2018年07月10日

このWebサイトビルダーのブログを入力する画面は、タイトルを先に入力するように求めてきますが、それはその「タイトルに沿って内容を入力しますよ」というお約束事を相互にしている様に感じてしまい、どうも苦手です。そんな意図はないのでしょうが…

さて、今回は表現活動とその理解について考えていることです。

私事ですが、幼少期いや、生まれる前から多文化・多言語に触れる機会に恵まれておりました。言葉が違う事は実はそれほど困らなかったことを覚えております(が、これには個人差があるようなので、全てのミックスのお子様がそうだとは断言できません)。

個人的には文化の違いを受け入れる土壌がある国や人種、子どもを1人の人間として会話をする文化がある国や人種と、日本にその土壌が無かったことに苦労したことを覚えています。

母の母国で暮らしていた頃、バスの中でギターを弾き、小銭を稼ぐ少し年上の少年を見た時は衝撃でした。初見では趣味の領域かと思ったのですが、周囲は大変冷ややかだったので、違和感を感じ母に尋ねると、「小銭を稼いで家計にまわしている」と説明を受けました。当時私は4才でしたがショックで言葉が出ませんでしたし、周囲が小銭を恵むことをせずに冷ややかにその存在を見ていることにも社会的な問題意識が芽生えたものです。 

日本に戻り幼稚園児の頃、私は日本語を知りませんでしたが、目が青い人の画を描いた時、周りの子ども達に猛烈に批判されたことはよく覚えております。周囲の大人もどうしたものか?といった感じで動揺していました。おそらく「目が青い人もいるのよ」と話しては居たようですが、子ども達はそんな人を見たことない!と言って受け入れていない様子でした。

皆が似た顔つきで、似た髪色を持ち、似た絵を描き、似た遊びをして、同じ言葉を話すことがそんなに大切なことだとはそれまで考えもしませんでした。

海外の生活では友人はできましたし、言葉を教えてもらい一緒に遊び、どうやったら風船売りから風船をタダで貰えるか、どうしたら高い塀から外が見られるかなどを教えてもらいましたが、日本で友人をつくることは困難で、結局1人位しか友達と呼べる友達は居無かったと思います。

小学校に入学し、日本語を覚え始めようやく何人かのお友達に恵まれましたが、生活様式の違いなどは極端な違いと認識できていなかったので、説明に困ることも多く、とにかく生き難かったことは間違えありません。次第に私の持つルーツを押し殺し、日本の生活様式に合わせる様に努力していました。

今では、海外、日本の生活において、同じ空間に居る人たちがお互いで歩み寄り、相互に理解を深め合う経験は貴重だったと思います。

文化の違いは大変複雑で、「子ども」と聞いてイメージすることは国が違えば答えは違います。「生活」とか「家族」と聞いてもイメージをする答えは違います。

もし、子どもの価値観を「日本はこれまでもこうだった」というひな形に押し込んでしまえば、これまでとは変わらず一方通行の文化の押し付けになってしまいます。

全ての生活様式を変える必要はありませんし、繊細な感性に関しては色んな人種に対しても継承したら良いと思うのですが、一部の価値観や概念は現代の日本と世界においては、発展させたら良いのになと思うモノもあります。

表現活動とは、何も絵画や演劇に限ったものだけではありません。

身体表現、言語、リズム、息づかい全てが表現活動であると私は捉えています。

文化も何もかもを通り越してその人を1人の個性的な人として捉えた時に初めて個人の表現の意味深さや複雑性を知ることができると思います。また、その表現活動を心の底から認め、新たに別の表現者を観察し、認める。生活様式や生い立ちの背景も同時に知る。これを続けることは、絵画・身体・言語などの表現活動に対して更に深い理解を得ることができますし、更には想像力も豊かになると考えています。(Reggio Emiliaアプローチ、テファリキなど家庭の持つ生活様式を園児の保護者から傾聴する大事なお仕事があるのはこのためではないでしょうか)

海外では何十年も前から、こうした他者の表現を認める活動は盛んに行われています。

日本は幸か不幸か、足踏み状態です。

個性を表現することは自分を深く知るきっかけになり、また、周囲がその表現活動を通して自分が知り得なかった自身の個性を教えてくれるきっかけになるのです。

個性が誰からも認められ、自分の持つ個性を表現できる時代は既に到来していることを周知される必要があると思います。