雨の日は映画鑑賞 日本映画の課題

2018年06月11日

カンヌ映画祭に出展された短編映画の監督と、映画に関する議論を持つことができました。SNS上でのやりとりだったので、深いところまで伺うことは出来ませんでしたが、日本のアート教育に関する課題が見えてきたように感じます。

ドラマ教育を必修とする諸外国の目的やその効果などを知る機会はこれまでにあり、意義があることなので今後は日本にも取り入れられるかなと期待もありますが、今回は「映画」。

7月から本格始動のChigasaki Kodomo Cinemaの子ども見守り役を担うにあたり、教育目線で子ども達の様子を見てその一挙手一投足を捉えることに対して、本当に適任なのか自問自答してこれまで色んな書物を読み漁っておりました。ファシリテーターとしては適任でないことも常に意識しておかなければならないなと。

ではどうすれば教育に対して熱心且つ、ファシリテーターとして適任であると呼べるのか。

映画は「人の心を豊かにする手段の1つ。」自身が持つ視点を他人へと表現することによって、他者を知って自分を知る術となる。更に総合芸術として音楽、映像を通して演出する雰囲気、どんな言葉を選ぶか、その言葉が隠喩である場合はその背景や文化に着目することが出来ます。隠喩は子どもであれば単純で柔軟であることが多いです。しかし大人になると時として難しく複雑になりますが、それこそ見えないものを見る力が試されるなと感じます。

では、これほど熱中して鑑賞できる映画が近年日本で多数、上映されているのでしょうか。

映画館を出て一緒に観た人と共に「あの映画は~」と熱く語らうことや、眠る前にふと思い出して「あの時のメッセージはこういうことかもしれない」と考えることなど、私は経験する機会があまり持てませんでした。勿論、海外メディアを賑わす映画もほとんどありません。

日本映画が公開されるとその配役、誰と誰が恋人役でこんなシーンがあります!の様な、報道が本当に多いです。

この様な現状では「映画はお手軽な娯楽」そして手軽な娯楽の割に映画をシアターで見るのは高額なので、自宅で観られるようになるまで観ない、という悪循環に陥ってしまい、日本の映画文化は正にこの悪循環の真っただ中に居ると思われます。

映画文化を海外のものと匹敵する程までにレベルを上げるためには、人の白黒、灰色を演出することを可とする映画文化、

総合芸術として自国を表現する術と考え、鑑賞力がある国民の美観を養い、感性を磨くことが必要と考えます。

それは、「ちがさきこども映画祭」を支える我々見守り役の大人を始め、子ども達を地域に歓迎している大人の役割であるとも考えております。

人は白・黒、良い、悪いと言い切れることばかりではない。

相手の言動の背景には何があるのか、

この言動はヒトとして良いことかどうか。これはマリア・モンテッソーリも話されていたことと通じております。

「美しい環境と美しい教具は子どもの美意識を鍛えます。美意識は人道の良し、良くないことを見極める力に成る」

そのためには我々も先ずは美観・感性を常に磨く必要があると再確認いたしました。

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子ども達が表現力と創造力を発揮出来る場を提供をし、大人がそこから学びますBilingual Summer Workshop

茅ヶ崎市において子ども達が映画を通して地域とつながる機会を持ちます